比べてみよう!世界の食と文化

エジプト・アラブ共和国のあいさつ

アラビア語

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エジプト・アラブ共和国の食文化・食のあれこれ

エジプト料理のルーツは古代エジプトにある

エジプト北部

エジプト料理のルーツは古代エジプトまでさかのぼります。
古代エジプトの人々は農耕のうこうを中心とした生活を送っていて、そのころすでにパンやビールなどが作られていたと考えられています。7世紀せいきにイスラム教が主な宗教しゅうきょうとなってからは、ぶた肉やアルコールを食べたり飲んだりすることが禁じられるなど、食文化が大きく変化しました。何世紀せいきにもわたり、エジプト料理はローマ、オスマン、そしてレバント地方(東地中海沿岸えんがん地域ちいき)の食文化のえいきょうを受けてきました。

エジプトと聞くとばくをイメージする人も多いかもしれませんが、実際じっさいに国土の90%以上はばくです。しかし、北部の海岸地域ちいきはあたたかい地中海せい気候にめぐまれています。ナイル川の水のめぐみにより、小麦や米、豆、野菜や果物くだもののほか、ジュート(繊維の原料となる植物)など様々な作物が作られています。また、オクラやモロヘイヤはエジプト原産の野菜で、エジプト料理にも多く使用されています。エジプト北部は地中海に面し、対岸にギリシャやトルコをのぞむ地域ちいきのため、新せんな魚介ぎょかい類などの食材も豊富ほうふで、地中海しょ国との歴史れきし的・文化的なつながりを感じます。

年に1度、「ラマダン」という断食だんじきの月がある

イスラム教徒は、年に1度「ラマダン」という断食だんじきをする習慣しゅうかんがあります。ラマダンの期間中は日の出から日没にちぼつまでは飲食禁止きんしですが、日がしずめば「イフタール」とばれる食事を、家族、親せき、友人などといっしょに楽しみます。

菓子がしの「アターイフ」など、ラマダンの時期に食べる特別なおかしもあります。ラマダン終了しゅうりょう後には約3日間「イード・アル・フィトル」とばれるお祭りが行われます。

アターイフ パンケーキのような生地にナッツやココナッツ、クリームなどを包んであげ、あまいシロップにひたしたおかしだよ。

エジプトで欠かせない飲み物は紅茶こうちゃ

エジプトでは紅茶こうちゃがよく飲まれていて、コーヒーよりも人気です。紅茶こうちゃを1日に何度も飲む習慣しゅうかんがあります。朝食の後は必ずミルクティーを、それ以外はストレートティーを飲むのが一ぱん的だそうです。エジプト人はひまな時間があれば紅茶こうちゃを飲むほどの紅茶こうちゃ好きなのだとか。基本きほんは温かい紅茶こうちゃで、アイスティーはありません。コシャリの紅茶こうちゃといって、紅茶こうちゃの茶葉を直接ちょくせつカップに入れ、お湯を注いで飲むのがエジプト流。あまい物も好きなので、いっしょにクッキーやエジプトの伝統でんとう的なおかしであるバスブーサを食べることが多いです。

主食

主食はパンと米

エジプトの主食はパンとお米です。エジプトのパンは平たい丸がたで、エイシとばれています。中が空どうになっているので、半分に切るとふくろじょうになります。エイシにフール(そら豆のペースト)やババガヌージュ(なすのペースト)などをつけて食べるのが定番です。お米は日本と同じジャポニカ米が食べられています。

家庭料理

エジプトでは食事の時間が決まっていない!?

日本人にとって朝ごはんは午前中、朝の早い時間に食べる食事をいいますが、エジプトでは食事の時間が決まっておらず、起きて最初に食べる食事が朝ごはんなのだそうです。起きた時間により、昼ごろや夕方に朝食を食べることもあるとか。基本きほん的なメニューはエイシやファラフェル(そら豆のコロッケ)、フール(そら豆のペースト)、はちみつ、ピクルス、サラダ、チーズなどで、好みの料理をワンプレートにのせて食べることが多いです。

野菜をたっぷりと使い、香しん料で味付けした料理が多い

エジプト料理にはたくさんの野菜やクミン、コリアンダーなどの香しん料が使われています。昼ごはんはモロヘイヤのスープ、ロズビシャーレイヤ、チキンが定番です。

ねばりけがあり栄養の高い葉野菜のモロヘイヤを使ったスープは古代エジプトの王ファラオの健康のみなもとで、女王クレオパトラも好んだと伝えられています。ハトやうさぎの肉(現在げんざいはとり肉)と玉ねぎ、ニンニクなどをいっしょにて作ります。モロヘイヤのスープは今でも家庭料理の定番です。

モロヘイヤのスープ / ロズビシャーレイヤ

ロズビシャーレイヤは細いめんをバターや塩といっしょにお米とたきこんだご飯で、グリルチキンなどエジプト料理のおかずといっしょに食べられます。ちなみに、魚料理はあげ玉ねぎで味付けしたルッズ・サヤーディーヤという茶色いご飯といっしょに食べるのがいっぱん的なのだそうです。

その他に、コシャリやレンズ豆のスープなども家庭料理としてよく食べられています。
コシャリは米、マカロニやスパゲッティなどのパスタとヒヨコ豆、レンズ豆などの豆をミックスし、あげた玉ねぎとトマトソースをかけた料理で、すの酸味さんみとからがあるのが味の特ちょうです。

コシャリ / レンズ豆のスープ

エジプトでは1日に3回料理をすることはあまりなく、夕食には朝食や昼食の残り物を食べたり、残り物がなければフルーツなどを食べたりするそうです。

行事食

ファッタ

特別なお祝いに欠かせないのがファッタ

家族の特別な行事や宗教しゅうきょう的なお祭りに欠かせない料理がファッタです。ファッタはカリカリにあげたパンと米の上にニンニクといたトマトソースをたっぷりとかけ、肉 (通常つうじょうはラム肉または牛肉)をのせた伝統でんとう的なエジプト料理です。

エジプト・アラブ共和国の学校生活

1クラスの人数が多い!?2部せいに分けている学校も!

エジプトの教育制度せいどは日本とていて、小学校(6年間)、中学校(3年間)、高校(3年間)、大学(4年間)で、義務ぎむ教育期間は、小・中学校の9年間です。ほとんどの学校は共学ですが、地方や宗教系しゅうきょうけいの学校は男女別となっているところもあります。生徒数が多く、施設しせつかぎられているため、1クラスの人数は通常つうじょうでも50人をこえ、70人以上に達する学校もあります。このため、午前と午後で生徒を入れかえる2部せいの学校もあります。

エジプトは金曜日と土曜日が週休日なので、学校の授業じゅぎょうも日曜日~木曜日となり、朝8時ごろに始まり午後2時30分~3時ごろに終了しゅうりょうします。

エジプトでも日本と同様、学校給食がありますが、日本ほど制度せいど統一とういつされていません。生徒によってはお弁当べんとうを持ってきたり、休み時間に校内ではん売されるスナックを買って食べたりします。

日本式教育の「特別活動」を導入どうにゅう

学級会、日直、そうじなど日本の学校で当たり前に行われている「特活(特別活動)」を中心とする日本式教育がエジプトで広まりつつあり、その取り組みをとり入れた公立の小学校「日本学校(Egypt-Japan School)」があるそうです。

エジプト・アラブ共和国のスポーツ

スピードボールはエジプトで生まれたスポーツ

1960年代にエジプトで生まれたラケット競技きょうぎ「スピードボール」は、子どもからお年寄りまでみんなに楽しまれています。1.7m(大人おとなの身長くらいの高さ)の金属製きんぞくせいポールの先たんにひもでつけられたゴムボールを、ラケットで打ち合います。ラリーを続け、相手がボールを打ち返せなければ得点とくてんというルールはとっても簡単かんたんですが、スピード感あふれる競技きょうぎで、極めるのはむずかしいです。

サッカーはエジプトでとても人気のあるスポーツで、熱きょう的なファンも多いです。
また、日本の伝統武道でんとうぶどうであるじゅう道や空手も人気で、世界大会で活やくしている選手も多くいます。

スピードボール

エジプト・アラブ共和国の歴史

ナイル川流域りゅういきとデルタ周辺の地域ちいきは、紀元きげん前3100年ごろ統一とういつ王国としてまとまり、
伝統でんとう的にはナルメル王(メネスともばれる)がその統一とういつを果たし、第一王朝が始まったとされています。
古代エジプトはその後、古王国、中王国、新王国という時代を通じてはん栄し、それぞれの時代には
強力なファラオが統治とうちしました。
この間には、ピラミッドの建設けんせつ象形しょうけい文字の発達をはじめ、美術びじゅつ、科学、行政ぎょうせいなどにおけるけんちょな進歩も見られました。

7世紀せいきのアラビア半島におけるイスラムの拡大かくだいにともない、エジプトはイスラム支配しはい下に入り、
正統せいとうカリフせいの第2代カリフ、ウマル・イブン・アル=ハッターブの統治下とうちかに置かれました。

1517年、オスマン帝国ていこくのセリム1世によってせい服され、エジプトはオスマン帝国ていこくに組みこまれました。
その支配しはいは何世紀せいきにもわたって続きましたが、ムハンマド・アリ・パシャが1805年以降いこうに世しゅう王朝を樹立じゅりつし、
国を近代化させることで、エジプトの自治は大きく拡大かくだいしました。

1882年、ウラービー反乱はんらんの後にイギリス軍がエジプトをせんりょうしました。
形式上はオスマン帝国ていこくの一部であり続けましたが、実質じっしつ的にはイギリスの保護ほご国となりました。
第一次世界大戦後、民族主義しゅぎ運動が活発化し、1922年に形式的な独立どくりつを達成、
その後1936年の英エジプト条約じょうやくによりイギリスのえいきょう力は制限せいげんされましたが、
完全にはいじょされることはありませんでした。

1948年のアラブ・イスラエル戦争の後、王政おうせいに対する不満が広がり、
1952年革命かくめいでは自由将校団しょうこうだんがファルーク王を打とうしました。
1953年にエジプトは共和国となることが宣言せんげんされ、ガマール・アブドゥル=ナセルが指導しどう者として台頭しました。
ナセルは社会主義しゅぎ的かつ民族主義しゅぎ改革かいかくを広はんにじっしし、1956年にはスエズ運河うんがを国有化しました。

2011年、アラブの春として知られる大規模きぼなこう議運動により、ホスニー・ムバラク大統領だいとうりょう辞任じにんし、
政治せいじ移行いこう期が始まりました。
2014年にはアブドル・ファッターフ・エル=シーシーが大統領だいとうりょうに選出され、
安定回復かいふく経済改革けいざいかいかく推進すいしんを公約しました。

2020年代には、人口増加ぞうかや都市の過密かみつ化に対応たいおうするため、カイロこう外への
行政ぎょうせい首都をはじめとする新都市の建設けんせつなど、野心的な都市開発プロジェクトが動き出し、
これにより首都機能きのうの近代化と都市拡張かくちょうが同時に進められています。

エジプト・アラブ共和国の民族衣装

エジプトの民族衣装いしょうは、ひとつの決まった形ではなく、いろいろな文化のえいきょうを受けています。
男の人は「ガラベーヤ」という長くてゆったりした服を着ることが多く、スカーフやターバンを合わせます。これは、ナイル川のまわりの村でのらしのように、シンプルで自然な生活をあらわしています。
女の人の伝統でんとう的な服は地域ちいきによってちがい、ゆったりしたドレスやカラフルなベール、ししゅうの入った服などがあります。特にかみエジプトやベドウィンの人たちの服は色とりどりで美しいです。
今は多くの人がふだんはふつうの洋服を着ていますが、民族衣装いしょうはお祭りや宗教しゅうきょう行事、特別な行事のときによく着られ、エジプトの大切な文化となっています。

ガラベーヤ

エジプト・アラブ共和国の行事・お祭り

シャンム・イン・ナスィーム

シャンム・イン・ナスィームは日本語では「春香祭」とばれるエジプトのお祭りで、国民の祝日でもあります。このお祭りは春の始まりを祝うもので、古代エジプト時代にさかのぼる伝統でんとうを持ち、4,000年以上続いていると考えられています。宗教しゅうきょうに関係なくすべてのエジプト人が参加するこのお祭りは、「新しい命や季節のうつり変わり」をしょうちょうしています。家族や友だちと公園やナイル川沿いに集まり、ピクニックを楽しみます。ピクニックでは、塩漬けにして発こうさせた「フェシク」という魚や、ネギやレタス、ゆでたまごなどが食べられます。フェシクはとても強いにおいと独特どくとくの味があり、エジプト人でも苦手な人もいるそうです。

シャンム・イン・ナスィームのフェシク

イード・アルアドハー(ぎせい祭)

イード・アルアドハー(ぎせい祭)はイスラムの二大祭日のひとつで、6月か7月ごろ(イスラムれきの12月10日)に開さいされます。言者アブラハムが神の命にしたがって息子をぎせいにしようとしたことを記念するもので、神が代わりに羊をあたえたと伝えられています。この日に、できる人は羊や牛、ヤギなどの動物をおそなえし、その肉は3つに分けられます。3分の1は自分たちで食べ、3分の1を友人たちにおくり、3分の1をまずしい人たちに配るのがよいとされているそうです。エジプトでは助け合いの精神せいしんが強く、お金を持っている人がまずしい人を助ける風習があります。
イード・アルアドハーでは、ラマダンのように断食だんじきはしません。朝はモスクや広場で特別な礼拝れいはいを行い、そのあと家族や友だちに会いに行き、いっしょにごはんを食べたり、プレゼントをわたしたりしてお祝いします。人々は新しい服を着るのが習慣しゅうかんで、子どもや親せきにはお金やおくり物をあげることもあります。日本のお正月のお年玉に少しています。

イード・アルアドハー
大人もお年玉もらえるんだって!

エジプト・アラブ共和国のその他あれこれ

ギザの3大ピラミッドとスフィンクス

エジプトの代名とも言えるピラミッドは、エジプト全土に100以上も残っています。ピラミッドのほとんどは古王国・中王国時代に、ファラオや王族のためのはかとして建てられました。最も有名なのがギザの3大ピラミッドで、クフ王、カフラー王、メンカウラー王が建てたものです。カフラー王のピラミッドの手前にすわっている守護しゅご神スフィンクスは、王自身を表していると考えられています。
最も大きいクフ王のピラミッドには約2.5トンもの巨大きょだい石灰せっかい岩が230万近く使われ、建造けんぞう当時の高さは146.6 m(481フィート)だったそうです。日本では縄文時代にあたる紀元きげん前2560年ごろにこれだけ大きなピラミッドが建設けんせつされていたのです。

ギザの3大ピラミッド

有名な古代せきがたくさん

カイロの南、ナイル川沿いにはルクソールの街があり、さらに南にはアスワンがあります。これらの都市は、エジプトで最も重要な考古学のきょ点で、世界でも有数の古代せきやモニュメントが残る場所です。
古代には、古王国・中王国時代(紀元きげん前2050〜1070年ごろ)の大首都テーベが、現在げんざいのルクソールの場所にありました。この地域ちいきは「テーベの王墓おうぼ群」として知られる広大な寺院とはか複合施設ふくごうしせつで有名で、ユネスコの世界遺産いさんにも登録されています。ナイル川は古代都市を東西に分けており、東岸は生者の世界とされ、カルナック神でんやルクソール神でん、古代都市の住居じゅうきょなどがありました。一方、西岸は死者の世界とみなされ、王家の谷や女王の谷などの王族のはかが置かれていました。

古代遺せき

エジプトの週休日は金曜日

日本の週休日は土曜日と日曜日ですが、エジプトは金曜日が休日です。イスラム教では1日に5回おいのりがあり、決められた時間帯にメッカの方角に向かって行われます。金曜日にはモスクに集まり、イマーム(礼拝れいはい指導しどう者)の説教を聞きながら集団礼拝しゅうだんれいはいをする習慣しゅうかんがあります。これは一週間の中で最も重要な礼拝れいはいとされています。
金曜日に加えて土曜日も週休日とされていますが、職場しょくばによってことなることもあります。学校も金曜日と土曜日がお休みですが、飲食店や観光地は金曜日、土曜日も営業えいぎょうしているところが多く、金曜日は礼拝れいはいの後には、家族で外出して楽しむ日とされています。

ツタンカーメン王の「黄金のマスク」など10万点以上が収蔵しゅうぞうされる博物館

カイロこう外のギザには、世界最大の考古学博物館として設計せっけいされた「グランド・エジプシャン・ミュージアム(GEM)」があります。日本国際こくさい協力機構きこう(JICA)の大きなえんを受けて実現したこの博物館は、エジプトと日本の協力のしょうちょう的なプロジェクトです。
博物館にはツタンカーメン王のはかから出土した全ての遺物いぶつ収蔵しゅうぞうされる予定で、エジプト博物館(タハリール広場)で展示てんじされていた有名な「黄金のマスク」をふくむ5,000点以上の品々が展示てんじされます。完成しいっぱん公開される時には、博物館の総収蔵そうしゅうぞう品数は10万点をこえる見こみで、古代エジプト文明をこれまでにない形で体験できる施設しせつとなります。

グランド・エジプシャン・ミュージアム

取材協力:一ぱんだん法人 日本旅行業協会

協力:Grand Pyramid (きゅうSPHINX)

エジプト・アラブ共和国の料理を作ってみよう!

モロヘイヤのスープ(モロキヤ) モロヘイヤのスープ(モロキヤ)

栄養価の高さから“王様の野菜”と呼ばれるモロヘイヤを使った、エジプトの伝統的なスープ。

ファラフェル ファラフェル

そら豆にスパイスを合わせて揚げる、エジプトの伝統的な豆のコロッケ。外は香ばしく、中はしっとりのヘルシーなコロッケです。