カカオをカルチャーに。

2021/12/24

チョコレートの歴史を解説!世界や日本でチョコレートはどのように広まったのか?

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今では当たり前のように食べているチョコレート。その原料カカオは、実は約5300年にも及ぶ歴史があることをご存知でしょうか?
紀元前から食されてきたカカオが、ヨーロッパに渡り、どのようにして私たちが知っているチョコレートになったのか。チョコレートの歴史と文化は奥深いものです。
ここでは、カカオの起源から、チョコレート作りの技術の飛躍、世界と日本に見るチョコレートの歴史まで解説いたします。

カカオの起源を知ろう

チョコレートの主原料となるカカオの起源は、紀元前3300年前後までさかのぼります。5000年以上前、カカオはエクアドルで食用として摂取されていました。 その後メソアメリカでは紀元前2000年前後に栽培が始まり、オルメカ文明時代に人類初のカカオ利用が行われたと言われています。

メソアメリカは、現在のメキシコの南半分からグアマテラ、ベリーズ、エルサルバドルとホンジュラスのあたりまでを指します。

マヤやアステカをはじめとする高度な文明が栄えたメソアメリカでは、文字体系が発達していたことから農業など多くの文化の共有も盛んに行われており、その共有の一つとしてカカオの利用もあげられ、多くの人々に認識されるようになったのです。

その後、14世紀に建設されたアステカ王国(現在のメキシコシティ)の記録では、「カカオは神秘的な力を持つもの」としてさまざまな用途に使われます。

具体的には儀式での献上品、薬、貢物、交易品、さらには通貨としても用いられていました。

メソアメリカからヨーロッパへ広がるチョコレート

初めてアメリカ海域へ到達したイタリア人探検家のクリストファー・コロンブスは、ヨーロッパ人として、初めてメソアメリカで利用されていたカカオに出会った人物です。

1502〜1504年のこと、航海中に訪れたホンジュラス沖合のグアナハ島にて、マヤ人らしき人々が乗ったカヌーと遭遇したときにカカオとの出会いがありました。

息子のフェルナンドが書いた「提督クリストバル・コロンブスの歴史」で以下紹介されています。

「運搬していた交易品の中に、木の根、穀物、発酵している飲み物と一緒にアーモンド(*)があった。マヤ人はこのアーモンドを落とすと、自分の目を落としたかのように一生懸命探して拾っていた」

ただし、インドへの航路探索に夢中になっていたコロンブスはカカオに興味を持たなかったようです。

(*)アーモンド:記述中のアーモンドはカカオのことを指していることは間違いないとされています。

カカオが最初に広まったのはスペイン

コロンブスによるカカオの発見後、ヨーロッパに初めてカカオが持ち込まれたのはスペインでした。

スペイン人のエルナン・コルテスは、1521年にアステカ帝国を征服します。当時、アステカ帝国内の様子をスペイン本国に伝える際の報告で、「ショコラトル」という不思議な飲み物があることを伝えました。このショコラトルこそが、カカオ豆で作られた飲み物であり、チョコレートの元祖でした。

ショコラトルはカカオ豆、とうもろこしの粉、唐辛子などをよく混ぜて泡立てた甘味がないスパイシーさが特徴の飲料です。貴重なカカオが使用されているだけではなく、強精・媚薬効果が期待され、一部の特権階級だけが楽しめる貴重なものでした。

また、実は疲労回復効果や長寿も期待されたことから、スペイン国外へ持ち出すことが禁止されていた時期が100年近くありました。

しかしやがて、砂糖やシナモンなどのスパイスによってさまざまなアレンジのショコラトルが親しまれながらヨーロッパ諸国へ広がっていくことになりました。

飲みものから食べものへ変化

18世紀半に起きた産業革命が進展していた19世紀、チョコレートは飲むものから食べるものへと大きく変化します。近代チョコレートの基礎となるものが次々と誕生し、さらなる味わいの楽しみが広がります。ここでは、さまざまなチョコレートの技術革新について紹介しましょう。

ココアの誕生

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19世紀に入るまで親しまれていたチョコレート飲料は、ココアバターの含有量(油脂分)が多いことにより、水やミルクと混ざりにくいものでした。

さらに、チョコレート飲料をつくる際のカカオ豆の発酵過程で酢酸などの有機酸が残るため、酸味が強くなり、湯気とともにプーンと立ちのぼる酸臭が鼻をつくことが課題としてありました。1828年、オランダ人のC.Jバンホーテンは、この課題を解決するために2つの発明を実現し、美味しく飲むココアを現代に誕生させたのです。

1.ダッチプロセス製法の開発

酸味の強いチョコレート飲料にアルカリで中和(アルカリ処理)させる方法です。刺激と渋味を減らしてマイルドにするだけではなく、色調にも深みを出せるようになりました。

2.カカオ豆を絞る圧搾機の開発

カカオ豆を絞ってココアバターを部分的に取り除ける機械です。カカオ豆をすりつぶした場合は約55%のココアバターを含んでいますが、圧搾機を用いる場合は28%までココアバターを減らすことが可能です。この圧搾機で搾り取った固形分を細かく粉砕してできるのがココアパウダーであり、油脂が少ないので湯と混ざりやすくなりました。

チョコレートの固形化

1847年にイギリスの菓子職人であるジョセフ・フライが、イーティングチョコレートを発明しました。

ジョセフ・フライによる発明のポイントは、ココアを製造するときに出る副産物のココアバターを使用したことです。元のカカオマスに、より多くのカカオバターを混ぜ合わせることで、チョコレートが固形化することを発見。これにより、現在の食べるチョコレートの原型を作りました。

固形化により携帯することや保存性が高くなったことから、次第にチョコレートの食べ方の主流は飲みものから食べものへと変化していきました。

ミルクチョコレートの開発

1876年にスイス人のダニエル・ペーターがミルクチョコレートを発明しました(*)。

それまでのイーティングチョコレートには、ミルクが含まれていませんでした。その大きな理由は、水分が多いミルクとココアバターは相性が悪く、チョコレートの流動性をなくしたり、保存性を低下させたりするなどの課題があったためです。

ここで考案されたのが、液状のスイートチョコレートに濃縮ミルク(加糖練乳)を入れたものを長時間かき混ぜた後に、冷やして固める製造方法です。

これは、温めて混ぜる間に水分が蒸発することで、ミルクの粒が細かくなりココアバターの中に閉じ込められます。そしてそれを冷やし固めることでミルクの成分がココアバターの結晶中に分散し、ミルクチョコレートになるという原理です。

マイルドな味わいのミルクチョコレートは、現代のチョコレートの基本形となっています。

コンチェの発明

1879年、スイスのロドルフ・リンツはチョコレートのコンチェを発明しました。コンチェとはチョコレートの製造工程でココアバターを均一に行きわたるように撹拌(かくはん)させる機械のことです。ロドルフ・リンツは、メソアメリカでカカオやとうもろこしをすりつぶすメタテとマノの原理を応用し活用しました。

その結果、固体の粒子を細かくして舌にざらつきを感じさせないことにより、なめらかな口当たりを実現しました。また、コンチェを使った長時間の撹拌処理で実現することで、チョコレートの水分を蒸発させて流動性を改善するができ、型への充填作業の能率が向上する技術革新にもつながりました。

日本のチョコレートの歴史

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日本で最初にチョコレートが伝わったのは江戸時代です。そして、チョコレートの歩みそのものは明治維新から始まります。ここでは、江戸時代から明治維新、そして大衆化が始まった昭和以降を紹介いたします。

日本初のチョコレートの記録は長崎

日本でチョコレートが入ってきたことがわかる最初の記録は、1797年長崎・丸山町の「寄合町諸事書上控帳」にあります。寄合町諸事書上控帳に残っているのは、遊女の貰い品目録に「しょくらあと六つ」という記載で、しょくらあとがチョコレートのことを指しています。

この時代は鎖国政策の下にあり、長崎の出島でのみ対外貿易が行われていました。このことから、オランダ商人からの貰い品であったと考えられています。

チョコレートが日本に伝わったとされる公式記録は、ときが進んで1873年の明治時代になります。岩倉具視らの欧米視察を記録した「特命全権大使米欧回覧実記」に、フランスでチョコレート工場を見学したという記述があります。

大正時代に入り、森永製菓や明治製菓が創業し、カカオ豆からの一貫作業によるチョコレートの大量生産が本格的に始まりました。ただし、チョコレートは当時はまだまだ高価な贅沢品でした。ここから時を経て、日本のチョコレートの歴史が始まり、さまざまな文化形成と技術革新が進んでいきます。

昭和以降のチョコレートの歴史

昭和時代の日本では、チョコレートメーカーの参入が増えて各社の製品が市場に流通します。これによりチョコレートの需要は一気に拡大し、戦前のチョコレート黄金期に突入しました。

チョコレートの生産体制が拡充されるだけではなく、活発な広告展開や海外進出などが行われました。

しかし、1937年には戦争の影響でカカオ豆などの輸入制限が発令され、カカオ豆の自由輸入が不可能な事態に。戦争が始まると、カカオ豆は指定された用途と業者にのみ配給されるようになりました。ココアバターは解熱剤や座薬などの利用に制限されるようになったのです。

このとき誕生したのが、気温の高い東南アジアや潜水艦の内部などでも食べられるように開発されたとけないチョコレートです。食料品として確保できないココアバターの代用品として融点の高い油脂が使用されていました。

さらに、1940〜1950年までカカオの輸入が止まっていたため、さまざまな代用品を使ったチョコレートの開発がすすみます。

終戦後、チョコレートの製造が再開されたのは1950年のカカオ豆の雑口輸入制が許可された後のことです。

その後、1952年に砂糖の自由販売、1960年にはカカオ豆の輸入自由化が進み、チョコレートの製造が本格化されて消費は急増。現代では消費者の嗜好に合わせて多種多様なチョコレートが開発されています。

歴史と文化のあるチョコレートを楽しもう

チョコレートの起源から世界と日本への広がり、そしてチョコレートの文化について解説しました。さまざまな歴史を経て、チョコレートの文化が形成されました。

現代では自分の好きなタイミングで好きなチョコレートを選んで味わえる喜びがあります。チョコレートの歴史と文化の理解を深めながら、さらに新しいチョコレートの世界を楽しみましょう。

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