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明治メイバランスの歴史
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明治メイバランスの歴史

「明治メイバランス」30年の歴史

「明治メイバランス」は、医療・介護現場のニーズに応え、その歴史が築かれてきました。
30年以上もの間、安全・安心なブランドとして発展し、現在、病院栄養領域・
在宅栄養領域で、多くの方に選ばれている明治が誇る栄養食ブランドです。

明治メイバランスの歴史「『明治メイバランス』のはじまり」 明治メイバランスの歴史「『明治メイバランス』のはじまり」

「明治メイバランス」は、一人の男の子を救った流動食からはじまりました。

一人の医師の「やさしさ」が救った少年の命。「明治メイバランス」、歴史はこの一歩から。 一人の医師の「やさしさ」が救った少年の命。「明治メイバランス」、歴史はこの一歩から。

明治メイバランスの歴史「『明治メイバランス』のはじまり」

大やけどを負った男の子

経静脈栄養法が主流だった医療現場で、当社が本格的に流動食・経腸栄養剤に関わるようになったのは、1978年、大学病院に勤務する外科医のもとに運び込まれた一人の男の子がきっかけでした。

男の子は全身に重度の熱傷を負っていて、日増しに食欲を失い、体力を落としていきました。

ヨーグルトで栄養補給

「なんとかしてこの子を救いたい」。そう思った医師は、ヨーグルトで栄養補給ができないものかと考え、当社に問い合わせてきたのです。

当社の研究員は、すぐに明治ブルガリアヨーグルトとその研究資料を携えて、医師のもとに駆けつけました。
そして多量のカロリーを必要とする熱傷患者のため、ハチミツを加えたヨーグルトの投与が開始されたのです。

男の子は回復

そこから男の子の体力は急速に回復しました。熱傷の回復も通常より早く感じられたということです。

それをきっかけにこの手法は広まり、1980年の新宿西口バス放火事件の被害者の回復にも効果を上げることとなりました。

明治の流動食が商品化

医療現場からの要請をいただいて商品化された「YH-8280」は、次第に臨床現場での使用頻度と評価を高め、1986年に「YH-80」として発売されることになりました。

今日では「明治YH」として熱傷患者だけでなく、流動食を必要とする幅広い領域で使用が広がっています。

「明治メイバランス」発売

「明治メイバランス」は、「YH-80」の栄養組成を踏襲し、 おいしさ、栄養、使いやすさを提供する汎用タイプの流動食として発売されました。

「明治メイバランス」の変遷 「明治メイバランス」の変遷

1995年「明治メイバランス」発売

1995年、「明治メイバランス」は日本人の嗜好に配慮したお茶風味として開発されました。

1996年「明治メイバランスC」発売

その後、病床での生活に配慮して便臭を低減するシャンピニオンエキスを配合し、さらに、多様な栄養ニーズに対応するためにたんぱく質量や濃度の異なる商品を網羅的に開発しました。

1999年「明治メイバランスS」発売

1999年からは革新的なソフトパックの開発により、医療・介護従事者様の負担軽減に大きく貢献しています。

2005年「明治メイバランスMini」発売

また、2005年には、経口用の需要拡大を背景に、「明治メイバランスMini」を開発しました。

2008年 群馬栄養食工場 稼働 2009年「明治メイバランスR」発売 2008年 群馬栄養食工場 稼働 2009年「明治メイバランスR」発売

その後、2008年の群馬栄養食工場稼働により、医療・介護領域で必要とされる「明治メイバランス」のラインナップをほぼ完成させるとともに、翌年には日本初の希釈タイプ流動食「明治メイバランスR」を発売。

2014年 関西栄養食工場 稼働 「明治メイバランスMiniカップ」発売 2014年 関西栄養食工場 稼働 「明治メイバランスMiniカップ」発売

さらに2014年の関西栄養食工場の稼働によって、カップ入り栄養食品「明治メイバランスMiniカップ」を商品化しました。

2021年 「明治メイバランスぎゅっとMini」発売

明治メイバランスMiniを”ぎゅっと”小さくした200kcal/100mlの栄養食品を発売。

2025年 「明治メイバランスぎゅっとMiniプラス」発売

明治メイバランスぎゅっとMiniに乳酸発酵させた発酵乳を配合した明治独自の栄養食品を発売。

「明治メイバランス」30年以上の歴史

「明治メイバランス」は30年以上、患者様や医療・介護従事者様を支えてきています。1995年の発売から30年以上の間、多くの患者様に食事代替として使用され、命をつないできたという事実。そして、この事実からもたらされる安心感を、「明治メイバランス」の価値として提供するという意味があると考えています。

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