カカオの文化

メキシコ(1)メキシコのチョコラテ(チョコレート)

初めまして。メキシコ南部のオアハカ州在住のHirokoと申します。このコラムでメキシコから現地のチョコレート事情をお伝えします。

今ではチョコレートと言えば本場はフランスやスイス、ベルギーといったヨーロッパというイメージが強いですが、実はメキシコの方がずっと古い歴史をもっているんです!チョコ好きの間ではご存知の方も多いと思いますが、おさらいがてらメキシコのチョコレートの歴史的背景をざっくりとご案内します。

チョコレートの原料であるカカオはもともとメキシコからブラジルの間の熱帯地域に生育する植物で、どこが栽培の起源かについては現在も専門家の間で議論が交わされています。
メキシコではわかっている一番古い時代で紀元前1900年ごろのカカオの遺物が出土しており、古代からカカオを神様に捧げる食物として珍重してきました。カカオの実の厚い殻を剥くととてもフルーティで芳醇な香りの果肉があるのですが、この実をフルーツとして味わうほかに、中の種を乾燥して利用していました。自然の条件下では数多く実るものではないため、その貴重性からメキシコを中心に栄えたマヤ文明やアステカ文明ではカカオの種(豆)を通貨として用いていました。日本の年貢はお米でしたが、アステカでは年貢はカカオで納めていました。商品の価格はカカオ何粒というような計算をしていたのです。

神様に祈る儀式においては、カカオ豆を磨り潰して水を加え、よく泡立てた飲み物を供物として捧げていました。カカオの学名テオブロマはギリシャ語で『神々の食べ物』という意味があるそうですが、まさに神様に捧げる食べ物として使われていたのです。そしてそのカカオを実際に口にすることができたのは神官や王様、貴族といった特権階級の人だけでした。

スペイン人が新大陸にやってきた16世紀初頭のメキシコはアステカ帝国の治世でした。姿や身なりの全く異なるスペイン人を、はじめは賓客あるいは神の化身としてもてなしたアステカ人は、彼らに貴重なカカオで作った飲み物"ショコラトル"を振舞います。これがおそらくヨーロッパ人とチョコレートの衝撃的な出会いとなりました。

チョコレートの語源と言われる"ショコラトル"はもともとアステカ人の言葉であるナワトル語で『苦い水』の意味だったそうです(※異論・諸説あり)。ショコラトルは当時砂糖がなかったメキシコではカカオに唐辛子などのスパイスを入れたその名の通りの『苦い水』でした。それを口にしたスペイン人征服者エルナン・コルテスの舌には不快な味だったようで、「豚の小便のようだ」と表現したそうです。(はたして彼が本当の豚の小便の味を知っていたかどうかは謎ですが...。)それから数世紀を経て、チョコレートは世界中で愛されるものとなりました。

このようなチョコレートにまつわる歴史的背景のあるメキシコの中でも、私の住むオアハカは今でもカカオやチョコレートが日常の食材として、また伝統的な年中行事のお供えとして、そして大切なお客様へのおもてなしとして、生活の中でとても身近に感じることのできる場所です。

そんなオアハカから生活の中で出会うチョコレートをこれから紹介していきます。どうぞよろしくお願いします。

このコラムは私が書きました。

ガイド名:Hiroko Sato
出身地:東京

オアハカ在住14年目。世界遺産検定1級。大学時代からメキシコについて専攻し、卒業後旅行会社に勤務。移住後はオアハカを中心にメキシコ全般のガイド、テレビ番組や出張のコーディネーターなど多く経験あり。