穏やかな海に面した街イスタンブール。
ここはボスポラス海峡を境に、ヨーロッパとアジア、2つの大陸にまたがっている。
冬の朝、起きて窓からボスポラス海峡を見ると、うっすらと霧がかかっている。霧の中からぼぉっという汽笛が聞こえて、ゆっくりと船が姿を現す。
船たちは朝6時から深夜まで、大陸移動をする人々を運んでいる。大陸移動といっても15分程度で、緑が多い住宅地の「アジア側」から市内中心の「ヨーロッパ側」まで、ひっきりなしに船が出ている。
汽笛と重なるようにモスクからも、イスラムのお祈り時間を告げる歌、アザーンが鳴り響き、今日も1日が始まる。
日曜日はすぐ時間が経ってしまう。気付けば昼過ぎになり、約束に間に合うぎりぎりに慌てて家を出る。海へと下り、路面電車の駅まで歩く。
イスタンブールは坂の街。坂道にも、こんな小さな路地にもオープンカフェがあり、道路ぎりぎりまで小さなテーブルと椅子が並んでいる。外では若者が日向ぼっこをしながらタバコを吸っている。
カフェの中には老夫婦がいる。道行くご近所さんも全員知り合いのようで、代わるがわる立ち止まり、挨拶をしながら通り過ぎていく。坂道を下りきると、駅が見えてくる。
路面電車を降りて人と会ったら、用事はすぐに終わってしまった。
ぽっかりと時間が空いたので、大通りから路地に入り、大好きなチョコレートショップに行く。路地裏にひっそりとあるチョコレートショップにはカフェスペースもあり、いつ行っても混みすぎず、カフェとチョコレートが好きな人達がゆっくりと時間を過ごしている。
私はここで、初めてビターチョコレートの美味しさを知った。初めてこのチョコレートショップに来た時は、ちょうど海外での生活に悩んでいたから、ほろ苦いチョコレートに慰められるような気分になったのかもしれない。
イスタンブールでは、通りを歩けばすぐにカフェがあり、だいたい人懐っこい店員さんが迎えてくれる。言葉ができなくても身振り手振りで世話をやいてくれる人もいる。旅行者でも人とのつながりを感じて、景色と、人との思い出と、両方を持って帰られる場所だ。
住んでいてもその印象は変わることがなく、この街の中で、落ち着ける場所があることにほっとする。
ショップの入口にはエプロンをした青年がいる。まるで育ちの良い猫みたいに、じっと定位置のストーブで暖を取りながら人の流れを見ている。私に気が付くとにっこりしてドアを開けて一緒に中に入ってくる。
こんにちは、お元気ですか?というお決まりの挨拶をして、まずトルココーヒーを頼む。
席に座り、マフラーを外したちょうどよいタイミングで、新作を試してみませんか、と猫のような青年がショーウインドーの板チョコを指し示す。
ここのチョコレートは美味しい。
トルコには、特産のナッツを使ったチョコレートがたくさんある。少し前までトルコのチョコレートは、ナッツをキャラメリゼしてミルクチョコで包むような、これでもか!という甘いものしかなかった。
私も、この店のチョコレートを食べるまで、チョコレートは甘くて太るものだと思い込んでいたけれど、ここでチョコレートの話を聞き、ビターチョコの美味しさを知ったら考えが変わった。
カカオ豆は産地によって風味が違うんです。産地の人達は大きなカカオの実からカカオ豆を取り出して発酵させ、乾燥させて出荷します。僕たちはそれを買っているんですが、発酵の時の天気や気温によって風味が変わる。僕は自然の偉大さを感じるんです。
猫の青年から、生のナッツを入れたビターチョコレートを勧められる。
トルコでは、秋から冬にかけて、獲れたての生アーモンド、生くるみが出回る。ローストしていないナッツのシャリシャリとした食感のあと、ふわりとカカオの香りがたち、生ナッツのほうがカカオの風味が引き立つことに気がつく。
カカオ豆が長い旅をして、いろんな偶然が重なって一粒のチョコレートができる。
このビターチョコは、まぎれもないチョコレートだけれど、しかし何か他の美味しい食べ物のような気もする。チョコレートは甘いと思っている人にぜひお勧めしたい。
トルココーヒーとビターチョコレートを乗せた小さなお盆が来る。
トルコの飲み物といえばチャイ(紅茶)が有名だが、実はコーヒーもトルコの生活には欠かせない。最近は美味しいエスプレッソやカフェラテをも飲めるようになったけれど、一息つきたい時、トルコ人は自然とトルココーヒーを注文する。
このコラムは私が書きました。
ガイド名:Ryoko Tanoue 田上 亮子
出身地:名古屋
トルコ在住7年目
旅行会社HIS入社後、HISイスタンブール支店に異動し、現在も勤務中。
会社員としてカスタマーサポート、TV撮影コーディネーター、法人業務等を行うかたわら、休日は街を歩きながら、風情ある路地と美味しいカフェを探している。
夢は、海の見える家に住むこと。