明治オフスタイル脂肪分70%オフ+イヌリン(食物繊維)

商品開発 サクセスストーリー

伝統技術と最新技術の融合

株式会社明治 食品開発研究所 乳化食品開発研究部 マーガリンG 田村 憲美津(たむら のりみつ)

レシピづくりから分析・検査技術まで

 当社は菓子・乳業界のリーディングカンパニーとして,赤ちゃんからお年寄りまであらゆる年齢層に向けて,菓子,乳製品,健康・栄養食品など多様な商品を開発し,提供しています。筆者らの研究グループは,当社の乳製品事業のなかでおもにパンやトーストなどに塗布する家庭向けマーガリン製品全般に関する研究・開発を行っており,マーガリンのレシピづくりをはじめ新規の製造技術,分析・検査技術の開発なども手がけています。グループのメンバーは若手・ベテランを含む構成で,互いに刺激し合いながら意欲的に取り組める体制です。

さらなる低脂肪化の実現に向けて

 家庭用マーガリン市場は,近年のバター不足に伴う代替需要などの影響で一時的に拡大を見せていますが,消費量自体は徐々に落ちてきています(図1)。大容量で手ごろなファミリー向けのレギュラータイプマーガリンは市場規模が最も大きいですが,世帯の核家族化が進むにつれ,年々減少の一途をたどっています。
 一方,低脂肪マーガリンなどのヘルシータイプマーガリン市場は,レギュラータイプの約1/10と規模は小さいものの,昨今の健康志向の高まりや少子高齢化の流れなどから,今後の成長・市場の活性化につながる可能性があり,なんとか一石を投じたいと考えていました。しかし,それには従来の低脂肪マーガリンのスタンダードである,油分約40%の「ハーフタイプ商品」(五訂増補日本食品標準成分表のソフトタイプマーガリンと比較して脂肪分およびカロリーを50%カット)を大きく上回る低脂肪化の実現が不可欠でした。

相反する課題をクリアした乳化技術

 マーガリンは液状油や固形脂などの食用油脂に水などを加えて乳化し,急冷練り合わせした油中水型(W/O型)乳化油脂食品です。W/O型乳化とは,微細な水滴が油中にコロイド状に分散し,均一な状態になっている現象をいいます。 一般に,マーガリンの低脂肪化には技術的に二つの大きな課題があります。一つは風味の問題です。油はカロリーが高く敬遠されがちですが,食品の風味・食感に与える影響は大きく,マーガリンにおいても油脂由来のコクは重要です。しかし,ヘルシー感を求めて脂肪分を低減すればするほど,コクが減り,おいしさが損なわれていきます。もう一つの課題は乳化安定性の維持です。低脂肪化に伴い,少量の油のなかに多量の水滴を分散させる必要があるため,W/O型乳化の維持が非常に困難になります。この問題をクリアするのに乳化剤の添加量を増やす方法がありますが,逆に乳化剤由来の不快な味がでてきます。

 そこで着目したのが,砂糖から調製した水溶性食物繊維イヌリンです。イヌリンは砂糖のフラクトース側にD-フラクトフラノースがβ(2→1)結合で直鎖状に脱水重合したフラクタンの一種で(図2),天然ではチコリ,キクイモ,ゴボウなどに含まれることが知られています。イヌリンは低カロリーで最終製品の風味への影響も小さいことから,脂肪代替剤として低脂肪スプレッドへの利用が可能とされていますが,さらなる低脂肪化の実現には,イヌリンの配合量を増やさねばなりません。しかし,天然のイヌリンは鎖長分布が幅広く,重合度30以上の不溶性成分を含むため,ザラついた食感になるという課題がありました。一方,筆者らが着眼した砂糖由来のイヌリンは,比較的重合度がそろっており(平均重合度16),長鎖長のものを含まないため,多量に配合しても食感は滑らかで,脂肪に似たコクもあります。また,W/O型乳化の安定化にも寄与することがわかりました。

よりヘルシーに、よりおいしく

 イヌリンを利用することで,油分を24%まで低減し,おいしさと乳化安定性の両立を図って完成したのが,「明治ヘルシーソフト オフスタイル脂肪分70%オフ」です。この技術を当社では「ヘルシー&テイスティ製法」と名づけ,特許を出願中です(図3)。
当商品は五訂増補日本食品標準成分表のソフトタイプマーガリンと比較して脂肪分を70%,カロリーを63%カットし,さらにコレステロールをゼロにすることで,ヘルシータイプ マーガリンのなかでは群を抜いたパフォーマンスとなりました(表1)。配合を決めるにあたり,味は滑らかな食感に合うようにバター系でなくミルク系のクリーミーな味わいに調整し,トーストへの塗りやすさ・使いやすさも意識して油の組合せを考えました。また,本品1食(10g)でレタス中玉1個分(200g)の食物繊維(約2.6g)を摂取することができます。

未知への挑戦と向上心が研究者の使命

 商品開発に限ったことではありませんが,昨日より今日,今日より明日の自分を少しでも向上しようという気概が軸にあります。「現状維持」は「後退」とイコールで,未知への挑戦・向上心がなくなったら,商品開発はもちろん,企業としてよいものづくりはできないと思います。新しいことにチャレンジしていくと壁に直面することも多いですが,どんな「結果」にも必ず「原因」があります。思うようにいかず行き詰まったとき,なぜそうなったのかを考えることが大切で,原因を突き止めることができれば大きく前進します。この繰返しが企業の技術・ノウハウの蓄積となり,多くの人に認めてもらえるような価値ある商品の創出につながると思っています。