Femlink Lab.(フェムリンクラボ)

本格的に体調を損なってしまう前に、手軽にできる逃げ道を整えておく

犬山:下山田さんはご自身の身体と向き合うために日常生活の中で気をつけていることはありますか?

下山田:よく食べて、よく寝て、よく運動することだと思います。ただ、この3つが100%できたらベストですけど、できないときの方が多いです。そのときに、どうしてできなかったのかを考えることが、実は重要な気がするんです。私の場合は、もやもやしていることについてパートナーに話したり、サッカーノート(日々の練習や試合の記録を綴る記録帳)に赤裸々に吐き出したりするとよく眠れるし、そうすることで健康を保つための状態ができると思っています。

犬山:確かに眠れないときに「寝なきゃ」と思うんじゃなくて、原因に目を向けることって大切かもしれません。自分の気持ちを外在化してみることは、大事なメンタルケアですよね。

下山田:本格的に体調を損なってしまう前に、手軽にできる逃げ道を整えておくことが必要かなと思います。例えばそれぞれの悩みにあったメンターを見つけたり。

犬山:よりどころを一つに絞らずに、複数持つことってすごく大切ですよね。アスリートの中には、無月経の方が結構いらっしゃるとも聞きます。

下山田:アスリートの場合、トレーニングをして体脂肪が低くなると、生理が毎月来なくなることがあります。体が絞れている状態だし、毎月生理が来ないことは楽だから「無月経でもいいや」と放っておいてしまう選手が多いのも、気持ちとしては分かるんです。一方で、私も無月経で女性ホルモンが不足して、骨がもろくなり疲労骨折したことがありますし、アスリートを続けていくためにも、長い目で見たときにリスクが高いです。だからアスリート自身もそうした認識はどこかで持っておくべきだし、周囲の人もきちんと伝えられなければならないと思いますね。

犬山:現状、監督などの指導者が選手に対して無月経のリスクについて伝えるような機会ってあるんでしょうか?

下山田:女子サッカーでは、指導者に男性が多く、生理に対しては「自分はよくわからない」と感じている人が多い。だから、現場でリスクについて伝えられているかは、微妙なところだと思います。それと、女子サッカーは女性スポーツ界の中ではメジャーな方なので比較的体制が整っていますが、きちんとした協会がないアマチュアのスポーツでは、指導者が生理について学ぶ機会もあまりないのではないかと思います。

ドイツでの生活で気づいた、生理に対するタブー感のなさや、ジェンダーに対するとらえかた

犬山:下山田さんはドイツのチームにも行かれていましたよね。生理についてのとらえ方や現状に違いを感じた部分はありましたか?

下山田:ドイツに2年間いて一番違いを感じたのは、生理に対するタブー感のなさです。チームメイトと接していても、生理用品をつけている状態を人に見せることにまったく抵抗感がなくて、そのことにめちゃくちゃ衝撃を受けました。

犬山:確かに日本だと隠しますよね。ナプキンを持ち歩くにも隠すためのポーチに入れて、しかもそのポーチ自体をさらに隠し持ったりして(笑)。

下山田:小学生の頃に、男女別で生理の授業を受けたときに、印象的だったことがあります。1人1枚ずつナプキンが配られたんですけど、先生が「絶対に人に見せたらいけません」と言っていて。クラスのお調子者の女の子が、男子に向かってナプキンを見せびらかしたら、先生がものすごく怒ったんです。それを見て自分たちも生理用品は見せちゃいけないものなんだと思ったし、男子たちも「触れちゃいけないもの」みたいな空気になって。教育の仕方も全然違うんだろうなと、ドイツに行って感じました。

ドイツのチームにいた頃の下山田さん

犬山:むしろ男子にも知っていてほしい知識だし、本来怒ることじゃないですよね。ドイツではジェンダーに対するとらえかたにも違いを感じることはあったのでしょうか?

下山田:女子サッカー界には、一見フェミニンな性表現をする人同士のカップルが多い印象を受けました。それは、「女性」という枠組みの中にいろんな人がいることが前提になっているからなのではと思っています。また、男女で発言機会や内容にギャップがないようにも感じていて、監督が年配の男性で、マネージメントが年配の女性だったんですけど、すごく対等な関係だったし、チームメイトたちも、監督に対して強気で意見を言っていて、男性に対して「しおらしくしなきゃ」という感覚が一切ないように見えましたね。

犬山:特に立場が上の男性に対して、「意見を言ってはいけない」とか「わきまえていなければ」と思わされる圧を感じることって、日本だとまだまだありますよね。

下山田:ドイツでの2年間が本当に居心地良かった分、日本に帰ったときに、またあの居心地の悪い人生に戻るのかと思ったら、すごく嫌で。これまで日本では、自分のセクシュアリティについて色々な場所で嘘をついてきたけれど、どこでも嘘をつかずに生きていけるように、カミングアウトをしたんです。ほかの当事者の人から「勇気がありますね」とか「ありがとうございます」と言われることがあるんですけど、正直、誰かのためというよりは自分のためでしかなくて。

犬山:カミングアウトが、自分のためであったということが、とても尊いなと思いました。私はジェンダーをめぐる状況について考えるときに、自分の娘や、自分より若い世代のためにと思うことが多いんです。でも立ち止まってみると、「自分のために」ってすごく言い辛いけれど、まずは自分をないがしろにしないで、大事にしなければいけないですよね。

下山田:「自分のために」が尊いという感覚はすごく大事な気がします。ドイツにいたときに、「I'm proud of you」とみんなよく言っていたんです。どうしてそんな風に言えるのか考えてみたときに、きっと、彼女たち一人一人が「I'm proud of me」と思っているんですよね。自分のことを誇りに思っていないと、「あなたを誇りに思う」とは言えない。「自分のために」を大切にした先で、気がついたら「誰かのために」なっていることの方が実は多いのかもしれないと感じています。

犬山:私はずっと自分のことを肯定できないでいたんですけど、大好きな友達や推しを肯定し続けているなかで、やっと自分にも肯定の目を向けることができるようになったんです。自分のことを好きになれなかったり、受け入れられなくても、好きなものや人を肯定することで、知らないうちに土台ができてきたような気がして。下山田さんはご自身が受けた肯定や誇りの感覚を循環させて、さらに広げていく活動をされているんだと今のお話から感じました。

下山田:そう表現していただけるのはすごくしっくりきて嬉しいです。

社会を変えるということは、少しでも多くの人が「参加したくなるもの」にしていかなければならない

犬山:最後に、生理をはじめとした女性特有の健康課題については、女性だけでなく、社会全体で考えていくべき課題だと思うのですが、そのために個人や社会はどのように変わっていけば良いと思いますか?

下山田:「生理」「女性」というワードを聞くと「自分には関係ない」と感じる層が生まれることが容易に想像できます。が、社会を変えるということは、少しでも多くの人が「参加したくなるもの」にしていかなければなりません。昨年、これまで会社で掲げてきた「ジェンダーの当たり前を超えていく」というビジョンを、「WAGAMAMAであれ」のメッセージに変更しました。その結果、これまで賛同してくれていたジェンダー問題に関心の高い層の方や、わたしたちと同様に当たり前に怒っている人たち以外に、「自分もWAGAMAMAでありたい!」と応援してくれる人が増えるようになりました。怒りは変化の大きな原動力であることは間違いない。けれども、その怒りをダイレクトに外に出すのではなく、翻訳しながらより多くの人を巻き込んで進んでいく方が、創造したい未来により早く辿り着けるなと感じています。

犬山:素敵です。誰一人取り残さないという暖かい気概を、お話しを聞いていて感じましたし、今日はたくさんの気づきがありました。ありがとうございます。

下山田志帆

女子サッカー選手。株式会社Rebolt代表。慶應義塾大学卒業後に渡独し、2017年から19年の2シーズンをドイツでプロ選手としてプレー。在独中に、同性のパートナーがいることを公表した。2019年夏から、なでしこリーグ1部のスフィーダ世田谷FCに所属。Forbes U30 JAPAN 2021選出。「だれもがWAGAMAMAであれる未来」を目指し、女性スポーツ界のアスリート視点でのプロダクト開発やエデュケーション等の事業を展開している。

犬山紙子

イラストエッセイスト。仙台のファッションカルチャー誌の編集者を経て、家庭の事情で退職。20代を難病の母親の介護をしながら過ごす。2011年、女友達の恋愛模様をイラストとエッセイで書いたブログ本を出版しデビュー。現在はTV、ラジオ、雑誌、Webなどで活動中。2014年に結婚、2017年に第一子を出産してから、児童虐待問題に声をあげるタレントチームの立ち上げや、社会的養護を必要とするこどもたちへ支援を届けるプロジェクトにも参加している。

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