今回の臨床試験は、エビデンスレベル(科学的な信頼性)が非常に高い「ランダム化比較試験(RCT)」という方法で実施しました。ランダム化比較試験とは、ある試験的操作(介入・治療など。今回はチーズの摂取)を行う以外は条件が公平になるように、対象の集団(今回は軽度認知障害(MCI)の高齢女性)をランダム(無作為)に複数の群に分けて、試験的操作の影響を評価し、明らかにする比較試験のことです。
ヒトを対象として食品摂取の影響を調べるランダム化比較試験は、事前に期待する結果を得ることが非常に難しい研究方法です。例えば、運動の影響を調べる場合は、運動をしたかどうかをはっきり区別することができます。しかし食品の場合、食生活全般をコントロールするのは難しい上、本人が意図せず、試験結果に影響する別の食品や栄養成分を摂ってしまう可能性などがあります。そうした困難は当初から予想されましたが、私たちは今回「一般の生活者」を対象に試験を行うことにしました。特別な条件下ではなく、あくまで一般的な状況で結果が出れば、それは多くの人に共通する成果となるだろうと考えたからです。
今回の試験では、都内在住の高齢女性に1人あたり2時間以上かけて認知機能を調査させていただき、対象者の選出にあたり多くの皆さんのご協力をいただき、試験を順調に実施することができました。ご協力いただいた皆さんに心より感謝しています。
食品の摂取で認知機能検査の結果(MMSE)が変動するには少なくとも1年以上の調査期間が必要と考えられたため、今回の試験ではそれよりも早く変化する血中マーカーとしてBDNF濃度に着目しました。そこで、カマンベールチーズ摂取による血中BDNF濃度の変化を確認することを主な目的(主要評価項目)としました。その結果、血中BDNF濃度はカマンベールチーズ摂取群で、対照チーズ摂取群よりも有意に増加しました。なお、今回の試験で、探索的評価項目(副次評価項目)としたMMSEの両群の平均値は期待された変動を示さず、MMSEで評価するには3カ月という摂取期間はやはり短かったと考えています。
結果的に、本試験によってカマンベールチーズ摂取が血中BDNFの濃度を高めたことが確認され、認知機能の低下抑制につながる可能性が示唆されました。ヒトを対象としたエビデンスレベルの高い試験で、食品によってBDNF濃度上昇が報告された例はおそらくこれが初めてではないかと思います。今後、これに続いてさまざまな食品と認知機能の関連を調べる研究が活性化するのではと期待しています。
我々の試験により、身近な食品の一つであるカマンベールチーズ摂取で血中BDNF濃度を増やせる可能性が示されました。従来、運動することによって血中BDNFは増えることが検証されていました。しかし、既に認知機能が低下している方は十分に体を動かせないケースも多かったのです。幸いにもそのような方でもカマンベールチーズで血中BDNF濃度が増加するなら、大きな希望が得られるでしょう。
また手に入りやすい食品に認知機能の低下抑制効果があれば、低下が起こり始めるといわれる40~50代の方が将来の不安を軽減することにもつながるかもしれません。実は私も当初は「チーズの白カビの有無が結果に影響するのだろうか」と半信半疑でした。しかし、運動をするなどBDNFが増加するような条件を取り除いた今回の試験でも、血中BDNF濃度に有意な差が見られたのです。こうした厳しいコンディションで確認された結果であるからこそ、老年病に関して国際的な影響力がある学術雑誌「JAMDA」(Journal of the American Medical Directors Association)にも掲載された※1のだと思います。
今回の試験では、介入後の血中BDNF濃度はカマンベールチーズ摂取により有意に増加しましたが、記憶力や学習能力などの認知機能評価スコア(MMSE)分布に期待された変動は認められませんでした。これは試験期間が短かったことが理由と考えており、より長期の試験を実施すれば、認知機能改善作用も確認できるのではないかと考えています。
東京都健康長寿医療センター研究所と桜美林大学は、高齢者の食習慣と認知機能の関連性について更なる調査を進めているところです。我々の研究が、多くの方の認知機能の低下抑制に役立てられることを願っています。
※1
Suzuki T, et al: J Am Med Dir Assoc, 20 (12):1509-1514.e1502 (2019).