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二宮清純の「ザバス取材記」

柔道家 吉田秀彦 選手

1992年バルセロナ五輪。吉田秀彦氏は金メダルを獲得したが、実は五輪出場さえ危ぶまれていた。

本番を控えた92年4月。国内の第一次選考会で、優勝候補の吉田秀彦選手は1回戦でまさかの敗退を喫する。
あきらかに無茶な減量が敗因。
次回の国内最終選考会で優勝しなければ五輪出場が出来なくなるという崖っぷちに立たされた・・・。

敗戦直後、前年から全日本男子柔道の栄養サポートを担当していた青山晴子のもとに、吉田秀彦選手を13年間手塩に掛けて育ててきた強化コーチから「栄養については全てまかせるから吉田の減量を見てやってくれ」との強い要請があり、本格的な栄養サポート活動が始まった・・・。

二宮吉田選手と青山さんはもう随分長いおつき合いだそうですが、吉田さんが本格的に栄養や食事について考え始めたのは、無理な減量の影響でバルセロナ五輪前の国内選考会で敗れたのがきっかけになったそうですね。

吉田そうです。バルセロナ五輪の第一次選考会でした。あの頃は栄養のことなんて考えたことはなかったですからね。試合前は、とにかく練習して、あとは3日間くらい飲まず食わず、とか。1週間に10キロくらい体重を落としていましたから。

二宮1週間に10キロ!?

青山根性だけで落としていましたね。その根性を良いことに使えばいいのですが(笑)。

二宮身体に力が入らなくなるでしょう。

吉田それでも勝っていたからダメだったんです(笑)。だから、肝心なときに負けたんです。

二宮その敗戦がきっかけとなって、減量の方法を見直したわけですね。青山さんにお訊きしますが、急激に体重を落とすと体にはどのような影響があるのでしょうか?

青山急激な減量は、体の水分と筋肉の両方を落としてしまいます。それでいて、どちらかというと体脂肪は残ったままになってしまう。これでは試合に不利です。なるべく筋力を維持しつつ減量するためには、食事と有酸素系の運動で体脂肪を落としていくのが一番良い方法ですね。そこで吉田さんの場合は「計量にパスするための減量から勝つための減量」にスイッチしたわけです。

二宮当時の食事のメニューを見せていただきましたが、かなり綿密に栄養計算された内容になっていますね。

吉田懐かしいですね。

二宮最初にこの食事メニューを提案されたときはいかがでした?

吉田好きなものが食えないというのが一番辛かったですね。慣れるまでが大変でした。

二宮好きなものというと?

吉田お腹がいっぱいになるものが好きなんです。カツ丼みたいに本能のまま一気にガッと食べられるもの(笑)。

二宮間食したくなったりは?

吉田なりましたよ。当時の1日のスケジュールは、朝メシを食って9時から11時くらいまで練習。昼は外食だったんですが、定食のご飯を半分にしてもらうんです。それでまた午後14時から19時くらいまで練習。よう練習していましたね、この頃は(笑)。
疲れると甘いものが欲しくなるじゃないですか。昼に和菓子1個は間食としていいと言われていたので、コンビニに行って大福とかを1個買っていました。それが唯一の楽しみでしたね。

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