ATHLETE INTERVIEW

アスリートインタビュー

VOL.02

陸上日本代表

福島千里

世界と堂々、
渡り合うために。~前編~

UPDATE

日本陸上競技短距離界のパイオニア、福島千里(セイコー)。100m、200mの日本記録保持者であり、08年には日本人女子選手として56年ぶりとなる北京オリンピック出場を果たした。数々の記録を打ち立てたトップアスリートである一方、食事に関しては「お腹がすいたら食べればいいと思っていた」と振り返るように、最初から高い意識を持っていたわけではない。

世界と堂々、渡り合うために。

福島千里への12年に渡る栄養サポートを行い、共に挑戦を続ける明治の村野あずさ管理栄養士と振り返る「食」の意識改革とは――。

明治の栄養サポートが09年にスタートしました。当初、福島選手は「食事」や「栄養」に関してどんな意識を持っていましたか?

福島

お恥ずかしい限りですが、意識すらしたことがなかったんです。生きるために、お腹がすいたら満足するだけ食べて、ヨシ、という感じで。本当に申し訳ないです。すみませんでした(笑)

村野

私はサポートを始める1年前(北京オリンピックの年)に、国内の大会で初めて福島選手の走りを競技場で見ました。突如女子短距離界に現れた新星の走りに衝撃をうけました。今までの100mを専門とする選手のイメージとは大きく違い、そのカラダはとても細く華奢でしたが、圧倒的に速かった。その時のインパクトがとても強く心に残っていたので、福島選手の栄養サポートのお話をいただいた時に「あの時の選手だ」と私はすごく楽しみにしていたんです。実際お会いしてまずびっくりしたのが、あのスピードで走る福島選手が醸し出すふんわりした空気感。衝撃的でしたね(笑)。最初はコミュニケーションもうまく取れなかったので、栄養の話や食事の話をする以前に、どうやって普通の会話をしようか、というところに時間がかかりました。

福島

私があまりコミュニケーションを取るのがうまくないというか、人見知りなのでご迷惑をおかけしました。いきなり脚が速くなったわけではないのですが、北京オリンピックの年が1つきっかけになって、急に環境が変わったところもあり、たくさんの取材を受けるようになったことも含めて、一気にいろんな人とのつながりが増えた時期でもありました。もともとワーッと注目されるようなところで生きてこなかったので、人見知りというか、最初はうまく話せない面もあったかもしれないです。

実際に最初に食事調査をした結果、非常に食事量が少なかったとうかがいました

福島

もう全然。とても少なかったです。

村野

前年にオリンピックという大きな舞台を経験した福島選手ですが、世界で活躍するトップ選手との体格差やスタミナの違いを大きく感じ、世界で戦っていけるカラダづくりが課題だということはご本人からも当時の指導者からもうかがっていました。もともと「食が細い」、という課題はありましたが、本格的な取り組みを始めるにあたり栄養アセスメントの一つとして3日間の食事調査を実施しました。ここで明らかになったのは、エネルギー摂取量も各栄養素もアスリートとして大きく不足していたこと。例えば、課題とするカラダづくりに最も必要なたんぱく質の摂取量はアスリートの場合、体重1㎏あたり2gは摂取したいのですが、当時の福島選手は1.3gほど。摂取エネルギーに至っては2000㎉/日を下回っていました。

サポート開始時の食事調査。課題だらけだった20歳の頃
福島

今は完全に100%村野さんのおかげで、普段から意識的に食事を摂るようになりましたが、当時はご飯を軽くふわっとお茶碗に入れて食べるぐらいで量自体が少なかったんです。はっきり覚えていないですが、そもそもその量を覚えていないぐらい何も考えていなかったんだと思います。

村野

数値を見て、「そうか、こんな感じか」と思いましたが、むしろ私はフィードバックした時の福島選手が、自分はそこまでひどい状態だと思っていなかった、という反応だったので、そのリアクションに驚きました。

福島

私は全部「びっくり」だったんです。そもそも量が足りていなかったことにも驚きましたが、食べなければならない目安の量を見た時に、「こんなに食べなきゃいけないのか」とびっくりしました。

具体的にどんなことから栄養の取組をはじめたのでしょうか?

村野

エネルギー摂取量や栄養素の不足が明確になった中で、その改善のために漠然と栄養素のことばかり言われてもわからないですよね。まずは日々の食事の整え方、こうすれば栄養バランスがよくなるよ、という提案として「栄養フルコース型」の食事について伝えました。「栄養フルコース型」の食事とは、カラダに必要な5大栄養素を、簡単に「フル」にとることができる食事のことで、具体的には①主食、②おかず、③野菜、④果物、⑤乳製品の5つをそろえる食事法です。サポート開始以降は食事の都度、①~⑤がそろっているかチェックとアドバイスを繰り返しました。そしてそれを習慣化させるために「栄養フルコース型」の5つをメニューや食品ごとに振り分けて記入できるような表を作成して毎日記入してもらいました。この形を意識しながら、3週間程度記録をつけてもらうと、目に見えて課題がわかるようになります。フィードバックする時には具体的な改善策をコメントし、少しずつ自然に意識づけができるように、と取り組んできました。

福島

食事は1日3回なので、記録すること自体はそれほど苦にはなりませんでした。まず「何を食べよう」というところから始まって、基本的には自炊なので「何をつくろうか」と考える。私はもともと「これが食べたい」という欲があるタイプではないので、村野さんにつくっていただいた表や図、グラフを参考にしながら「今日はこれを食べていないから夕飯で食べよう」と具体的にイメージすることができたので、わかりやすく示していただけて、とてもありがたかったです。

栄養指導が始まって、変化を感じたのはいつ頃でしたか?

福島

何か1つの要因だけで速くなる、カラダが変わるとは思っていませんが、何か1つでも欠けると結果は出せない。そういう意味では、取り組みを初めた2009年から1年1年記録も伸びて、常に成績を出せて充実したシーズンが送れたことは、変化として大きかったかもしれません。大きなケガもせず、日本記録の更新も1回だけの好記録で終わらなかったのは、いいタイミングで村野さんやザバスと出会って、食事を改善できたからだと実感しています。同じ頃から海外遠征も増えたのですが、バイキング式の食事でもしっかり必要な栄養が摂れるようになったのも、栄養の知識を基本から教えていただいたおかげなので、順調に過ごすことができてきたんだと思います。

村野

私たちは取り組むにあたり、提案はしても押し付けることがないように、本人が自然に必要なものを摂れること、最終的に、望ましい食習慣ができることを目的としています。ですので、栄養サポートを始めた頃は、福島選手の当時の拠点であった北海道に定期的に足を運んで、一緒にスーパーへ行って「今日は何をつくる?」とか、「何を買うの?」と聞きながら買い物をご一緒して、「それを使うならこっちの食材のほうがいいんじゃないかな」と日常的なアドバイスをするようにしていました。実際に自宅で食事をつくる時も、見せてもらいながら、全体量を見て「ご飯の量はもう少し増やそうか」とか、食材や調理法など実践しやすいように方法を伝えてきました。

福島選手にとって、食事や栄養はどのようなものになりましたか?

福島

最初は「栄養って何?」という感じで、全然わからなくて、質問できる能力すらなかったんです(笑)。そもそも栄養はサプリメントで摂るもの、という意識だったので、日常の食事がこんなに大事なんだ、と。08年の北京を経験して、世界との差を感じ、もっと強くなりたい、速くなりたいと思うようになった時期に、村野さんから「これだけ練習したならちゃんとご飯を食べなさい、ご飯を食べないと練習の意味がないよ」と言われたのがとても心に響きました。練習に対する欲は年々増えていくのに、食事が全然追いついていなかった。それまでは生きるために食べていましたが、そこからは練習のために、と考えて食べるようになりました。その意識の変化はすごく大きかったかもしれませんね。もともと練習はすごくしたかったし、練習でかなり追い込むタイプで、100mをある程度のスピードで何本かこなすうちにつらくなってきたり、手が痺れて来たり、とカラダに対しての感覚はすごく鋭いほうだったんです。そこで「食事をもっと意識すれば、もっといい練習ができるのかな」と思った時に「やるしかない」「やろう」と徐々に変わりました。

村野

たくさん食べたからといって誰もが速くなるわけではないですし、食事・栄養は質の高い練習量を支えていることの一つにすぎません。日々いいコンディションを維持できないと、思い通りの練習は積めないし、成果も思うように発揮されないかもしれない。ですから量・質ともに日々の競技生活に見合った食事・栄養が必要です。さらには練習後にいかに速くリカバリーのための栄養補給ができるか。ここを疎かにしてしまうと回復が遅れ、疲労がたまったまま追い込むことで体調不良やケガのリスクも高まることが懸念されます。だからこそ「練習後のリカバリーに対する意識はもっと持ったほうがいいよ」、と伝えるとともに、課題やトレーニングの時期に応じたプロテインの活用方法なども提案していきました。

福島

例えば、練習で走りこんだ後にプロテインを飲む、ということも言われたから飲む、ではなく、栄養的な要素を掘り下げて考えた時に、今日はちょっと追い込んだのでたんぱく質の量を増やそうと『リカバリープロテイン』に『クリアプロテインホエイ100』を混ぜて飲もうとか、体重が減少傾向の時や練習時間が長い時などは、エネルギー源としてゼリーやジェルを練習合間に摂れるように必ずバッグに入れておこうとか。飲んですぐに何かが大きく変わるというわけではないけれど、毎日の積み重ねによってカラダの感覚が違う、と感じることや練習量が増えても追い込めるカラダに変わっていった、と実感できたところから意識が変わったんだと思います。今でこそ、こんな風に偉そうに言っていますけど、ホント、最初は全然ダメでしたね。

村野

こういう話を最初はできなかったからね(笑)。

福島

それはおいしいんですか、おいしくないんですか、というレベルでしたから(笑)。私、ご飯はおいしいものだと思っていたので、お腹がいっぱいになってしまうとおいしくないじゃないですか。もともとあまり食べないので、たくさん食べなければいけないということは、おいしいと感じられない時間が長い。最初はそんなレベルでした。

村野

1日に2000kcal摂れていない人に、3000kcal摂らせないといけない。当時の福島選手は8枚切りの食パンを1枚しか食べていなかったので、これは5枚切りの食パン1枚にしないと追いつかないよね、と。最初は「無理です」と言っていたけれど、ひとつずつ変えていくうちに、自分が必要な量が何となくわかって、食べられるようになった。最初はお弁当箱も本当に小さくて、衝撃でした(笑)。

福島

栄養サポートを受けるようになってからはかりを買いましたし、お弁当箱のサイズも変えました。今はしっかり食べられるようになったし、村野さんのおかげで変わることができました。ありがとうございます(笑)。