No.12 千葉県 大多喜焼No.12 千葉県 大多喜焼

No.12 千葉県 大多喜焼No.12 千葉県 大多喜焼

大多喜町の鍛冶神明山付近に産出する粘土が焼物に適することから、明治20年(1887年)、鍛冶町に住む鈴木菊太郎氏が焙烙(ほうろく)(あられ・豆などを煎ずるもの)の焼物を作ることを考えて始めました。製造は、昭和25年(1950年)までの約63年間続きましたが、一時途絶えていました。現在は井口峰幸氏が復活させ、大多喜町の原料を用いた釉薬(ゆうやく)を使い、その製作に励んでいます。

参照元HP:「広報おおたき」