カカオの文化

トルコ(2)チョコレートとトルココーヒー

なによりトルココーヒー作りを見るのは楽しい。まずはコーヒー粉と水、好みの量の砂糖をジェズベという鍋に入れる。ジェズベとは、トルココーヒーを作る時だけに使う、ひしゃくのような形の小さな鍋だ。
火にかけ、泡が立つように混ぜながら煮出した、その上澄みを飲む。最初から砂糖を入れて煮出すので、注文の時に砂糖ありなしを聞かれる。砂糖なしだと強すぎるので、砂糖は少しがお勧め。とはいっても日本人の感覚だとかなり甘い。
女性の手でもすっぽり収まるくらいの、お皿にのった小さなカップにコーヒーを注ぐ。粉が沈殿するのを少し待ってから飲む。横には、お茶請けがついてくる。

苦いチョコレートをかじりながら、甘くて濃いコーヒーをすする。ざらっとした粉が残るコーヒーとチョコレートのまろやかさを楽しむ。

コーヒーを飲み終わる頃に猫のような青年が来て、またにっこりし、カップにソーサーをかぶせてひっくり返してくださいと言う。
トルココーヒーを飲み終わった後の楽しみは、コーヒーカップで占いをすること。
飲み終わったカップには粉が沈殿しているので、ソーサーをかぶせて裏返し、しばらく待つ。冷えたらカップだけひっくり返して、中のドロドロの模様を見て占う。
カップの下半分は過去、上半分が未来。魚の形が見えたら幸運。道が見えたら明るい将来。新月は運勢の悪化。コインは一攫千金。ハートは恋愛成就。

カップをひっくり返す。この、飲み終わった後の逆さコーヒーカップ、ぜひトルコに来たらカフェでまわりを見まわしてみて欲しい。冷えるのを待っている間は占いの結果を気にしてはダメ。みんな何もないかのようにふるまうが、実は占いが気になっている。
男性でコーヒー占いができる人は珍しいので、なぜかと聞いてみる。
僕の母はコーヒー占いが出来ました。僕は母が占っていたことを思いだして言っているだけなんですが、母は本当にすごかった。近所でも評判だったんです。
田舎では女性達が家に集まっておしゃべりをします。小学校のころ、学校から帰ってくると近所のおばちゃんたちが家にいました。僕はお菓子につられて母の隣に座り、母がコーヒー占いをするのを見ていました。
母がコーヒー占いをしなくなったと気がついたのは、ずいぶん後になってからです。子供には子供の世界がありますからね、母が元気がなくなったことにも全然気付かなかったんですよ。
猫の青年が立ちあがり、お盆を持ってくる。ドライいちじく、レモン、バラとラズベリーを使った3種類のチョコが乗っている。
いちじくはイズミール産。レモンはアンタルヤ、バラはウスパルタ、ラズベリーはブルサ。全部トルコの田舎で丁寧に作られて天日干ししたものなんですよ。カカオ豆の風味に合わせて選びました。大げさですけど、全く同じチョコレートは二度と作れない、手作りだから少しずつ違うんです。
猫の青年は、おもむろに私のカップをひっくり返すと、コーヒーかすをじっと見て、ここに道が見えます、とエプロンにさしたボールペンでカップの中を指し示す。
この筋は道です。たくさんあるのが見えますか?色々な選択肢があるようですね。どれを選んでもいいけれど、最初の道が未来へとつながっているように見えます。思い当たる事がありますか?

じっと見られて、思わず目をそらしてしまう。自分がいつまで海外暮らしをするんだろうと感じていることを、見透かされたような気がする。でもカップの中のコーヒーかすは、うねっているようにしか見えない。
バラの花びらがのったビターチョコをつまんで、お母さんはどうしたの?と聞いてみる。
トルコではバラの花を食べる。バラジャムが有名だけれど、ここではビターチョコに乾燥させたバラの花びらとラズベリーをのせている。甘酸っぱくて、ほろ苦い。

母からは直接、コーヒー占いをやめた理由を聞けませんでした。まわりの人の話によると、母は不幸な未来を予言してしまい、それが当たったことで怖くなったんです。
ああ、そんな気にしなくていんですよ。母は今でも元気に暮らしてますし、僕も気が向いた時しかコーヒー占いはしません。僕は、いつも楽しそうにしている人の未来を見るようにしてるんです。良い未来を見ると自分も嬉しくなりますから。

ふと沈黙が訪れる。何も言えずにチョコレートをかじる。
ビターチョコのまろやかさが口の中に広がる。最初の道とその先の未来を確かめたくて、カップの中を見る。猫の青年は仕事に戻り、トルココーヒーのおかわりを運んでくる。
トルコでコーヒーは、一緒にいる人と親しくなるため、ゆっくりとした時間を楽しむための、大事な文化だ。
トルココーヒーにまつわる諺「Kahve cehennem kadar kara, ölüm kadar kuvvetli, sevgi kadar tatlı olmalı. 」日本語訳は「コーヒーは地獄のように黒く、死のように濃く、恋のように甘くなければならない」
そんなトルココーヒーを活かす影の主役はチョコレート。

お礼を言って店を出ると、日が陰っている。
遠くでぼおっと汽笛がなる。あの船はどこに帰るのだろうか。
チョコレートは苦くてコーヒーは甘い。昔は甘いチョコレートしか知らなかったけれど、今は、ざらっとした甘いコーヒーとほろ苦いチョコレートを楽しんでいる。
海のあるこの街に住み始めてから、色々なことを知ったなと思う。
思いがけない出会いによって、自分が街に馴染んでいく。
だからもう少しこの街にいよう、猫の青年の言う通り、良い未来があるかもしれないから。

このコラムは私が書きました。

ガイド名:Ryoko Tanoue 田上 亮子
出身地:名古屋

トルコ在住7年目
旅行会社HIS入社後、HISイスタンブール支店に異動し、現在も勤務中。
会社員としてカスタマーサポート、TV撮影コーディネーター、法人業務等を行うかたわら、休日は街を歩きながら、風情ある路地と美味しいカフェを探している。
夢は、海の見える家に住むこと。