乳酸菌研究最前線

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乳酸菌のゲノム研究について

急速に進む乳酸菌ゲノム研究

2000年6月末、米国のクリントン大統領と英国のブレア首相がそろってテレビで発表した、国際的なヒトゲノム解読プロジェクトの完了宣言は、全世界の人々を驚かせました。人類への計り知れない貢献が期待されるこのゲノム解読は、ヒトだけではなく様々な生物で試みられ、乳酸菌においても1990年代後半から多くの属や菌種で進められてきました。すでに解読が完了したものもいくつかあり、乳酸菌のゲノム情報は、近年急速に蓄積されつつあります。

ゲノム解読って何?

たった1個の細胞から成る乳酸菌も、約60兆個の細胞が集まってできたヒトも、生きていくためには、常に栄養分を外から取り込んでエネルギーを生み出したり、古くなった体の部品を新しいものに取り替えたりしなければなりません。ゲノムとは、そうした生命活動を維持して行くために必要な機能の全てに関わる遺伝情報のことで、生命の設計図とも言われています。
ゲノムの本体は、DNAと呼ばれる細いひも状の物質で、A、T、G、Cという4種類の塩基が文字のように並び繋がってできています。つまり遺伝情報は、この4文字の並び方によって決められているのです。乳酸菌の場合、遺伝情報は約200万個の塩基対からなり、ヒトではその数は約30億個にも達します。
そしてこの塩基配列の中に、実際に生命活動に必要なタンパク質を作る遺伝子がいくつも並んでいます。細菌では一般にゲノムの塩基約1000個に1個の割合で遺伝子があり、乳酸菌では2000個程度の遺伝子を持つことが明かにされています。
では、ゲノム解読とは何をすることなのでしょうか?それは、その生物が持っているDNAの全ての塩基配列を読みとり決定することを言います。塩基の並び方が分れば、その生物が何個ぐらいの遺伝子を持っていて、それぞれの遺伝子がどのような働きをしているのかを知ることが可能になるのです。

ゲノム解読はなぜ重要なのか?

乳酸菌のゲノムを解読することは、なぜ重要なのでしょうか?乳酸菌の発酵で乳糖などの糖は乳酸になります。この過程はよく研究されていますが、乳酸菌は乳酸を作るだけではなく、発酵食品のおいしさを決めたり、ヒトの健康に良い成分を作るなど様々な働きをしています。乳酸菌が持っている多様な機能性・可能性はきわめて多岐にわたるため、実はわからないことがまだまだ沢山あります。ゲノム解読の大切さのひとつには、乳酸菌が示す多様な性質や多くの有用な働きについて、まだ解明されていない意味や仕組みなどが良く分ってくるということが上げられます。例えば、ある性質についてより良い乳酸菌を探したいと考えた時、その性質に関与する遺伝子が分っていれば、その遺伝子がより強く発現している乳酸菌を見つければよいのです。すなわち、ゲノム情報は好ましい乳酸菌株を効率よく探し出すための貴重な目印にもなるのです。
ゲノム解読には、もうひとつ大切な点があります。たとえ塩基配列が全て分ったとしても、乳酸菌の遺伝子の中には、一体どんな働きをしているのか不明なものが数多くあります。それらの遺伝子を調べることによって、今まで見落とされていた新たな性質や働きを見つけ出せる可能性があることです。ゲノム情報は、隠されている乳酸菌の能力を引き出すための基礎データとなるわけです。

世界の乳酸菌ゲノム解読の現状

乳酸菌のゲノム解読はヨーロッパ、米国、日本が中心となって進められていますが、その中で常にリーダーの役割を果たし、その進歩を推し進めてきたのがヨーロッパです。歴史的に酪農を中心に発展してきたヨーロッパでは、ヨーグルトやチーズなどの発酵乳製品は、人々の食生活に欠かせないものであり、また、経済的にも主要な財源であるため、早くから乳酸菌研究の重要性が認識されていました。こうした背景から乳酸菌研究は、国家ではなくEUレベルの大規模なプロジェクトとして進められることが多くなり、国境を超えて研究者が交流し共同研究や情報交換が積極的に行われています。したがって、ゲノム解読への取組みもいち早くスタートし、世界初の乳酸菌の全ゲノムは2001年フランスの国立研究機関などから公表されたのでした。
一方、米国は乳酸菌ゲノムの解読では若干遅れを取っていましたが、数年前、国家プロジェクトを組んで産業上有用な乳酸菌10株とビフィズス菌1株のゲノム解読に取組み、まだ完全なものではありませんがそれらの解読データをネット上に公開しています。では日本の現状はどうなのでしょうか?ゲノム解読は数年前から始まっていますが、解読を進めている機関はヨーロッパや米国に比べて規模が非常に小さく、一部の大学と発酵乳製品関連企業に限られています。残念ながら世界的なゲノム研究の先頭ではなく後ろのほうに位置しているというのが日本の現状です。

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