食を知る

6月 ちゃんと噛んでますか?

玄関に門松や注連(しめ)縄を飾って、家の中には鏡餅が供えられて。お正月は家族が集まる食卓に、おせち料理やお雑煮、お屠蘇といった日本ならではの伝統の食が並びます。この機会に、日本文化の豊かさを眺めてみませんか?

「噛むこと」は、ついおろそかにされがちです。

近年とくに、軟らかいものを好んで食べる「軟食」の傾向が指摘されていますが、あまり噛まないことが顎の骨や咀嚼筋群の未発達につながり、昔の日本人に比べて顎のラインが細い骨格の人が増えている、とも言われています。「噛むこと」が子どもの顎の発達や歯並びに大きく影響していることが知られる一方で、「噛むこと」によって脳が刺激され痴呆症の予防につながり、症状が改善されたとの報告も多くなされています。それでもまだ、意識的によく噛んで食べている、という人は少数なのが現実です。それは、私たちにとって「噛む」という行為が呼吸と同じくらい当たり前のことだからではないでしょうか。

「唾液」には健康のためのパワーが秘められています。

よく噛むことは、食べものを咀嚼して体に取り入れるためだけではなく、全身を活性化させるためにたいへん重要な働きをしています。特に注目したいのは「唾液」の存在です。唾液にはデンプンやタンパク質を分解する消化酵素が含まれていますが、よく噛むことで食物とよく混ざり、胃や腸での消化を助けます。また、消化液の分泌を促し胃腸の働きも促進します。口の中を流れている唾液には、自浄作用によって虫歯や歯周病を防ぎ、歯を保護し、初期の虫歯をもとに戻そうとする再石灰化の働きもあります。「噛むこと」と同じように、普段あまり意識しない「唾液」ですが、実は、食べものと体とを密接に結ぶ重要な存在なのです。
他にも、発がん物質の発がん作用を消す働きを持つ酵素や、免疫力を高める働きをする物質など、唾液にはまだまだたくさんの健康パワーが秘められています。唾液の分泌量は年とともに減ってくるため、年を取れば取るほどよく噛んで、唾液をしっかり分泌させることが大切です。

「飲みもの」と「食べもの」は別々に。

食事に充分な時間がとれないとき、みそ汁などでごはんを流し込んだりしていませんか?飲みものを飲みながらの食事もあまりおすすめできません。なぜなら、口の中に水分がたっぷりあると、脳が「唾液を出す必要がない」と判断してしまい、大切な唾液の分泌が減ってしまうからです。食べものはなるべく自分の唾液と一緒に飲み込み、飲みものは食後にゆっくり摂ってみてはいかがですか。

「噛むこと」は、肥満防止にもつながります。

噛むことの効能には、肥満を防ぐという働きもあります。お腹がいっぱいであることが脳の満腹中枢に伝わるまでに20分くらいかかりますが、食べるのが早い人は、実際はもう満腹の状態なのにこのタイムラグにさらに食べ続けてしまい、脳がようやく「満腹」と感じたときにはすでに食べ過ぎ、という状態が続きます。これでは太らないはずがありません。よく噛んでゆっくり食べることで脳が刺激され、消化も早くなり、このタイムラグがなくなって食べ過ぎを防ぐことにつながるのです。「ゆっくり、よく噛んで食べること」はダイエットの王道だといえます。
また、噛むことは顎や頬、舌や口の周りの筋肉を使うので、言葉の発音をはっきりし、表情が豊かになり、気になる顎や首もとのたるみも防いでくれます。

毎日の食卓に、噛むためのちょっとした工夫を。

「軟食」の傾向により、さほど噛まなくても食べられるメニューが増え、私たちの噛む回数は確実に減ってきています。日々の食事に、よく噛むためのちょっとした工夫をしてみませんか。たとえば、やわらかな食材には歯ごたえのある食材を組み合わせたり、噛みごたえのある乾物などの食材はお勧めです。噛む回数は、食材選びや料理法の工夫で自然に増えてきます。

味覚の発達、情緒の安定など、噛むことの効能はまだまだあります。

噛むことの効能には「味覚の発達」も挙げられます。人は濃い味にはすぐに慣れてしまいます。できるだけ薄味に調理されたものを、よく噛んで食べることで、食材そのものの持ち味を味わえるようになります。また、よく噛んで食べることで、心理的な満足感も得られ、精神的にも安定します。ちょっとイライラするときなどは、硬いおせんべいやナッツなどを食べるのがおすすめです。
「健康」にとらわれすぎて、これは食べていいもの? いけないもの? とひとつひとつを気にするのも考えものです。食べたいものを食べたい人と、楽しく食べるのが食事の基本。しかも、体にいいことがこんなにたくさんあるのですから、「よく噛むこと」をこれまでより少し意識してみましょう。そして虫歯や歯周病をふせぐために、食後の歯磨きはしっかりと行い、80歳になったとき、自分の歯20本でしっかり噛めるよう頑張りましょう。

牛乳は、虫歯の予防に役立ちます。

目覚めのときや食事の後など、喉が渇いたときには一杯の牛乳をおすすめします。口の中のpHが5.4以下になると虫歯になりやすくなりますが、オレンジジュースや炭酸飲料で約3.0pHの酸性度があるのに比べて、牛乳はpH6.6と酸性度の低い飲みものです。牛乳には、歯や骨のためのカルシウムを補給するだけでなく、口の中のpHを整えるという働きもあるのですね。

今回は、歯学博士の田沼敦子さんに
お話をうかがいました。

田沼敦子さん 写真

監修/歯学博士・料理研究家 田沼敦子

千葉市 高浜デンタルクリニック院長。
本業のかたわら料理研究家として、エッセイストとして、テレビ、雑誌などで活躍。
著書に「噛むかむクッキング」、「よい歯をつくるお弁当」(グラフ社)などがある。

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